誹謗中傷を乗り越えバトントワリングの普及活動をする元日本代表、簾田武志さんの真相に迫る

短い金属の棒を、自由自在に巧みに使って演技する『バトントワリング』という競技があります。文字で書かれただけでは、ピンとこなくても、動画を見ればだれしもが、ああと思う広く知られている競技。女性がメイン競技者になっていることが多いですが、男性の演技もまた力強くテンポよい素晴らしい競技です。

さて、このバトントワリングという競技を、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで世界中に広めるべき活動をしている、一人の男性がいます。簾田(みすだ)武志氏です。

バトントワリング

簾田氏は、2歳の時に、愛知県でバトントワリングを習いはじめました。そして、大阪のバトンの名門、PL学園中学校に進学した時に人生の転機になる出会いがあったのです。当時の男子ジュニア世界チャンピオンの稲垣正司氏との出会いです。2人はすぐに意気投合してバトン部を結成。稲垣氏から学ぶことはとても多く、お互いに切磋琢磨し合いながら、簾田氏もまた全日本選手権や世界選手権へと出場するレベルになっていきました。

そして、その時代にもらった金メダル2つ、銅メダル2つという実績をかわれ、大学卒業後はブラジルに指導者として招かれます。簾田氏は、たった1年でブラジルの子供たちを世界選手権で入賞させるという結果を出します。選手として成績を残しても、指導者としてはどうかという人はたくさんいますが、彼は指導者として第一弾の成功をおさめたのは、きっとPL学園時代の練習の賜物かと思われます。いい人材と付き合うことは、お互いに影響し合い伸びていく時間を濃密に持てるからです。

4年後の契約満了後、簾田氏は帰国します。そして、関東で自らスクールを立ち上げ簾田氏のもとには、全国から教えを請いたいという子供たちが集まりました。それから5年かからないうちに、関東大会チーム優勝を成し、個人でも多くの選手を全国レベルに排出していきます。『バトントワリングの世界を変えるには、日本の組織を変えるべきではないのだろうか』。簾田氏は以前からそんな思いも広がっており、その頃から組織改革に動き始めたのです。

しかしながら、バトントワリングの世界は、基本は女子の華やかさが土台となっています。いかに簾田氏が関東の指導者としてカリスマ的存在であっても、バトン組織の運営は女性の手によるものがほとんどなのです。ここに、めずらしく男性が尊重されない世界がありました。また、簾田氏の元には、女性指導者の元から移籍する子も大勢おり、女性社会においての簾田氏の立場は非情に弱いものが現実となっていったのです。

そのことで一時、簾田氏は心を病んでしまいました。誹謗中傷によってバトン界を離れようとまで思い詰めた時期もあります。「簾田氏に習えないならバトンを辞める」という生徒も続出していきます。でも、その簾田氏を支え続けたのは、バトントワリングという世界に魅了された一部の元生徒の子供たちであり、その子供たちに簾田氏は背中を押されて『先生がんばって!』『先生教えて!』と求められたのです。さらに、簾田氏の本来の姿を知っているご家族をはじめ、高校時代や大学時代の親しい友人もみんな簾田氏を応援してくれました。

仲間

『バトントワリングをオリンピック種目にして、全世界へバトントワリングの素晴らしさを伝えたい!』

簾田氏は立ち上がりました。4年後の東京オリンピック・パラリンピックでのデモンストレーションを勝ち取るために、簾田氏は今、日々邁進しつづけています。
それは、日本中のバトントワラーの子供たちの夢と希望と未来のために。そして、バトントワリングを全世界へ広めるという夢に向かって。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です